ラ・アーグ再処理工場周辺の白血病、 消えない疑惑、

ACRO(アクロ)ダヴィッド・ボワイエ
原子力資料情報室通信 No.307 1999.12.30

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「北部コタンタン半島における白血病に関する新しい疫学調査と放射線・生態学調査のための科学委員会」の放射線・生態学調査部会は2年間にわたる調査の結果、1999年7月7日に報告書[http://www.irsn.fr/nord-cotentin/ で入手可能]を発表した。そのわずか数日前のことだが、あるフランスの週刊誌が「ラ・アーグ:危険は皆無」というタイトルの号を発行した。その中ではフラ ンス、ドイツ、そして日本の原子力産業が報告書の結果を「再処理は危険な事業ではない」と主張するのに利用した。報告書によると、同部会の任務は「ボーモ ン-アーグ(Beaumont-Hague)地区に住む0~24歳の人々について、1978~1996年の間における、放射線による骨髄被曝で起こる白血 病の発病リスクを推定すること」であり、「従ってこの報告書は、北コタンタン半島に位置する原子力施設群による全リスクの評価と解してはならない」のだ が、上記の原子力産業の動きは、報告書の趣旨をねじまげたものである。放射線は白血病のみならず、様々な種類の疾病の原因となるが、この報告書は白血病のみを取り扱っている。それは、ラ・アーグ再処理工場付近の若年層 における白血病およびその増加が海と関係あるとした、J.F.ヴィエルとD.ポベルによる疫学調査の研究論文を念頭に置いたからである。それはセラフィー ルドおよびドーンレイの再処理工場周辺に関して英国で行なわれたものに類似した研究である(J. F. Viel, D. Pobel, A. Carre, STATISTICS IN MEDICINE,vol14, 1995; D. Pobel, J.F. Viel, British Medical Journal, vol314, 1997)。

確実に存在するリスク

部会報告書において、核施設から放出された放射性廃液によって若年層の白血病が発生する確率は0.0020とされており、これは小さいがしかしゼ ロではない。この値を得る過程では、多くの未知のパラメーター(変数)が用いられており、不確実な事柄は推定に反映されていない。「それゆえに、放出され た放射性廃液が、実際の白血病数に対して影響を及ぼした可能性はないと結論することはできないと部会の何人かのメンバーは考えている。」しばしばこの0.0020という数値だけがこの報告書の要旨として短絡されてしまう。部会は、放出された放射性物質の網羅的なリストを作成し(公式 のリストに掲載されている以外に39種の放射性物質を追加)、環境中での放射性物質のふるまいに関するモデル計算を、収集した50万もの実際の放射能測定 値と比較した。これによって、放出管の近く以外については、海への放出のモデル計算について、かなりの確信を持てるということがわかった。しかし大気中へ の放出に用いたモデルの方は場所によっては適用できないということもわかり、その妥当性を証明する作業が課題として残っている。

計算された、もしくは実際に測定された環境汚染の程度をもとに被曝線量を求めるためには、住民の生活様式のモデル化を経なければならない。 そのうえ、白血病数の評価は、短時間に被曝した広島・長崎の被爆生存者に関する統計から推定されており、ラ・アーグ周辺でのような長期的な被曝にもとづい たものではないのである。

部会報告書によると、この地域の普通の成人の1996年の被曝量は0.005ミリシーベルト、しかし放射性廃液の海への放出が最も多かった85年 には0.018ミリシーベルトと推定される。ちなみにコジェマCOGEMA(フランス核燃料公社)が実際に調査した漁夫の対照グループ[調査対象]につい ては、96年で0.008ミリシーベルト、85年に0.041ミリシーベルトである(もし同じ漁夫たちがレウケ[Les Huquets、再処理工場からの廃液放出管の出口付近の地名]で漁をしていた場合、ACROの試算では、85年の被曝線量は0.226ミリシーベルトに 達したと考えられる)。また報告書では、子供が放出管付近で取れたカニを一個食べただけで0.313ミリシーベルトもの被曝になる。他のシナリオについて も試算がされている。
過去の重大な事故2件による被曝については、1979~80年の放出管の破損により漁夫ひとりあたり0.9ミリシーベルト、81年に起きたピットの火事により、風下の住民が3.4ミリシーベルトの被曝になると試算されている。

疑わしければ防止すべき
この報告書は、この類の研究が市民組織(NGO)との共同作業によって行なわれた最初の例であった。ただし真に独立的な専門研究を行なうためには、 多くの原子力産業の代弁者たちが行なったのと同様に、我々は毎日フルタイムでその研究計画のために作業しなくてはならなかっただろう。それはNGOのボラ ンティアには不可能なことだった。それでもなお、我々の果たした役割は、情報公開を促すという点で大きかった。

ACROとしては、報告書が、危険を過少評価しがちな「現実的」方法を採用しているという点を最も問題視している。たとえば、放射性廃液の 海洋放出管の近くで釣りをするということは報告書では「現実的」なこととして扱われていない。しかしそれは充分ありえるのである。「包括的」方法を採用し ていれば、考えうる危険な行動は全て考慮に含められたに違いない。被曝線量を30倍高くして計算すれば(この仮定は必ずしもばかげたものではない)、白血 病患者が新たに一人増える可能性は、5%高くなる。これは一般に統計上有意とみなせる値である。

以上のような理由により、疑惑は依然として残ったままだとNGOは考えている。「重大あるいは取り返しのつかない損害の恐れがあるところで は、十分な科学的確実性がないことを口実に、環境悪化を防ぐ効果的な対策を遅らせてはならない」(1992年の「国連環境開発会議」リオ宣言第15項で示 された予防原則)のである。
(訳:藤野聡)


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